母の貧血のその後と私

関東は梅雨入りしましたね。
本日は台風が近づき、一日雨の予報です。

だいぶご無沙汰をしておりました。

ここのところ、母の不具合に加え、その他いくつか時間を費やすことが重なりなかなかブログ投稿まで手が回らない状態でした。

そのうちのひとつの理由が喜ばしいことに、栄養療法をやりたいという方のご縁がいくつも恵まれたためでした。

それは栄養療法を実践してその効果を実感したり、栄養療法の思想に共感した方からのご紹介だったのですが、予期していなかったので少々驚くとともに、ご縁をいただいたことに感謝いたします。

同時に、その方々は体の不調がなかなか改善せずに私にたどり着いている訳で、その期待になんとしても応えたく、あらためて身が引き締まる思いを感じています。

さて、母のその後の経過ですが、食事改善やサプリメントの服用により体力はかなり回復はしましたが、検査データとしては微妙な状態が続いております。

ほぼ2カ月ぶりの5月末の診察では、肝臓、胆道系の数値の乱れがまだ落ち着かず、貧血度合いを示すヘモグロビン、フェリチンも思ったようには上がっていませんでした。それどころか、白血球と血小板数が下がってきており、あらためて造血機能の疑いの可能性も出てきました。

実際、母は前回あった時より歩くのがしんどそうで、栄養療法の医師と相談して、「積極的な治療や検査はしない」方向で進めようと思った矢先に、「なんとかしなければ」と思わされる状態に引き戻されました。このままでは心不全も進行してしまいます。

その治療の過程で、いくつか皮肉な場面に遭遇しました。

「心配していたことがやはり・・・、もっと慎重に投薬を検討すべきだった」という結果と、「栄養療法の常識に囚われてかえって治療を長引かせてしまった」という結果。

いずれも結果論でそれがこの状況下でのベストだと思い選択したことなので仕方がないですが、勉強と言うにはあまりに酷過ぎます。

そして、医師の検査や治療に対する意識に憤りさえ感じます。
骨髄検査、骨髄検査と以前から言われ続け、その先の検査結果で何が分かるのかと言えば、白血病や悪性骨髄腫という病名がつきます。
つまりガンですが、よくよく聞けば母の年齢では、抗がん剤も骨髄移植も無理だそうです(そもそも抗がん剤を母に使用する気は毛頭ありませんでしたが)。

では何のための検査なのか?
そんなにガンと宣告したいのか?

もし、両親だけで診察を受けていたら、医師の言い通りに検査が進められ、胸に針をぎゅうぎゅう刺されたあげく、「ガンです」の一言を突き付けられ放置されたのか・・・。

無理をしてでも診察につきあっておいてよかったと心から思いました。

第一、白血球と血小板数が減少してきたのは、逆流性食道炎の薬を飲んでから。
担当医師もベストを尽くしたと信じたく、それを誤診と騒ぎ立てるつもりはありませんが、さらに検査や治療を上乗せするのはさすがに違うでしょう。

母には解毒を加速するようグルタチオンと造血を助けるためにビタミンAを送りました。

医者でもないくせに・・・、と思われる方もいるかもしれません。
私もできれば医者の真似事などしたくはありません。

この仕事を始めてから、医者はとんでもなくストレスが溜まることを学びました。
ほんの5分でその患者の行く末を左右する決定などできる力は私にはありません。

しかし、自分たちの命は自分たちでしか守れないのです。
国の医療制度により多少の違いはあるのでしょうが、この原則はきっとどの世界でも変わりないでしょう。

日本は「医者任せ」の風潮が特に強いのではないかと感じます。

そのためには、専門的に学ぶことまでは無理にしても「生きる」ということに対して学ぶ姿勢は、命が絶える習慣まで持ち続ける意識が必要だと強く感じます。

具体的には「適切なものを食べ、そうでないものは近づかない」、「病気は治療するというより予防する」、「会社や人に振り回されないメンタリティをもつ」など、そんなことが大事だな~と思いながらこの週末を過ごしていました。

最後の『振り回されないメンタリティ』
これ正に今の私に必要なこと。

このブログを休んでいた一因は母のことで心奪われていたため。
ブログだけでなく、今後の事業計画もお客様への心配りも充分とは言えませんでした。

自分のやるべきことをやらなければ、母もかえって迷惑でしょう。

先々の不安を考え出せばキリがありませんが、私自身の足元を固めなければ何も始まらない。
今後は心強く淡々とすべきことをしたいと、雨空を眺めながら、新たな気持ちを持つよう努めています。