私の出産 その5

2017-09-21

その後は高年妊娠でありながらお腹の中の赤ちゃんは順調に育っていきました。
勤務中に時々つらくなり、オフィスの救護室で横になることもありましたが、妊娠中はおおむね問題はなく、きっと私はお産に強いのだ、と勝手に思い込んでいました。

それでもいくつか悩むことはありました。ひとつめはダウン症の検査でした。
当時は今のような信頼できる検査方法はなく、検査方法は二段階に分かれていましたが、血液検査は精度が低く、さらにリスクありとみなされ進んだ羊水検査では少なからず流産を起こす可能性があるとのことでした。

39歳です。加齢により確率は上がり、当時は40人に一人はダウン症の子を産むことがある、と聞いていました。自分が心配だからと流産の可能性のある検査をする・・・。
それがどうしても受け入れられずに結局検査はしませんでした。
ダウン症の子でも自分の子。やっと授かった子。
どれだけ大変なのか分からないけど、悩みに悩んで覚悟だけは決めました。

私は無痛分娩の出産を申し込んでいました。
特別痛みに弱い訳ではありませんが、30歳前後でパニック障害のような症状に見舞われることがあり、閉所や暗所では耐えられない恐怖感を感じて、飛行機に乗っているだけで発狂しそうになったことも一度ではありません。
パニックになりそうな状況はできるだけ避けたかったのです。
こういった症状は腸内環境が悪くミネラルバランスを崩した人に多いのですが、当時の私はそんなことは知る由もなく、「そういう状況を避ける」ことしか頭にありませんでした。

そうこうしているうちに9カ月を迎え、医師から意外な言葉を耳にしたのです。

「子宮が下がってきていませんよ」

確かにつわりのような症状は妊娠初期で終わるはずなのですが、私の場合はいつまでも気持ち悪さが持続し、どうやら大きくなった子宮が胃を圧迫しているせいのようです。
こういうケースの場合、医師は帝王切開を奨めるそうです。
ただ、担当医師の経験上、出産直前に子宮が下降を始めて自然分娩が可能となることがあるそうです。私は一路の望みをかけ様子見という選択をしました。

無痛分娩といえどもある程度の陣痛が必要と医師の談。
陣痛が始まったらいつでも入院できるように準備していましたが、予定日を過ぎてもまったくその気配はなく、1週間が過ぎ陣痛らしい痛みを覚えようやく入院となりました。
それでも陣痛は弱く出産は翌朝に持ち越されました。朝8時から分娩台に乗り、陣痛促進剤をガンガン身体に入れられます。夕方近くなりさすがに痛みも激しくなり、ようやく医師は麻酔を打ち始めます。
が、子宮口は堅いままで自然分娩にはほど遠い状態のようで、帝王切開に切り替えるように医師から告げられます。

その後は悪夢の連続でした。
無痛分娩の麻酔を打たれた状態といえどもお腹の切開する箇所の感覚は残っているのにそのまま切開されそうになったり、今度は麻酔が効きすぎて血圧が下がり過ぎて気分が悪くなったり(下手したら意識を失っていたかも)、ようやく赤子を取り出したと思ったら、私の子宮を掃除機のようなもので吸い取りながら医師たちが喧嘩しているのが聞こえたり・・・。

産まれた時には「ああ、やっと終わった」という思いが強すぎて赤ちゃんとの対面も感動的とは微塵も感じませんでした。これだけ長時間お腹の中で粘り、一時は死産の可能性もあると告げられながらも、元気に泣く姿を見て医師や看護師たちもよかったという安堵の表情を浮かべていました。

私は病室に戻ると大量の麻酔に負けすぐに眠りこけましたが、苦い時間を時折思い出すかのように何度か目が覚めようやく翌朝になりました。

慣れない術後の生活に直面しながらも一通りの朝支度を終えると、赤ちゃんを病室に連れてきてもらうよう看護師に頼みました。忙しい時間帯なのかなかなか連れてきてくれません。
そのうち主人が自宅から来てくれたので再度お願いするとようやく赤ちゃんが運ばれてきて、抱き上げて写真に収めるなどしばし幸せな気分を味わいました。

赤ちゃんはベビー室に戻され、主人も会社に向かったそのあとです。看護師から衝撃的な事実を告げられます。
「たいへんです! 赤ちゃんがチアノーゼを起こしています!!」