私の出産 その1

2017-09-21

二十代の頃の私は結婚もしなくてもいいと思っていました。

家族に恵まれなかった人にはよくあることでしょうが、家族をもつということが自分の中の選択肢になかったのです。
男性もどこかで憎むべき者と捉えていたように思います。恋愛に関しても自分から積極的に行動することは皆無でした。

それでも三十代中盤になると、まるで隠れていた背中のボタンが押されたかのように急に子どもの歩く姿が愛おしくなってきました。
当時はやった言葉で表現すれば、私は完全なる「負け組」でした。

はたからみれば、いわゆるグローバル企業で働きキャリアウーマンと呼ばれ経済的にも安定していましたが、慢性疲労、過酷な労働環境で体重コントロールはもってのほか、常に緊張状態でプライベートも充実とは程遠かったのです。
大企業で働くというのは、なんというか気持ちの折り合いが大変だと感じていました。組織も業務プロセスも複雑で、自分の思うようになどならない(それでも大筋でやりたいことはやらせてもらったと思いますが)。
仕事に対する熱意は薄れていた時期でした。やっとの思いで正社員となったのに数年もたたないうちに燃え尽きてしまったのか、今のうちに方向転換しよう!と思い立ち、当時もてはやされたベジタブル&フルーツジュニアマイスターの資格コースに申し込んだのです。

と、その矢先に、一通のメールが人事部から飛んできました。
社内のビジネススクールに選抜されました、おめでとう!という内容です。半年強の間死ぬほど勉強せい、というお達しのようです。
本人の意思とは関係なく、しかしどうやら幹部候補生が対象と言う名誉なことらしく、断ることは許されない状況でした。今思えば、私が幹部になるなんて天地がひっくり返ったってありえない話なのですが、なにせ承認欲求の強い女の子でしたから、調子に乗って頑張ってしまったのです。
いつしか通常業務と2つの勉強に追われ、自分の先行きなど考える余裕もなくなっていきました。

そして、はたと気がつくのです。自分がとてもとても疲れていることに。
出世することなどもう微塵も魅力と感じない。毎日がつまらない。とにもかくにも心も体も休ませたい。
私は、このままだと子どもを持たない人生となるがそれでよいのだろうか?という漠然とした恐怖感に襲われるようになりました。
そのほか、実家のこと、経済的なこと、いろいろと解決したい問題もあります。

「あ、そうだ! 結婚して、出産すれば、すべてが解決するぞ!」と・・・。
今思えば私らしい短絡的な発想ですが、目標を定めたあとの私は突っ走るだけ。
まず痩せなくちゃモテへんやろうと、エステにせっせと通い、体重減少とともにセクシー路線の洋服に切り替えていきます。
10キロ程度は痩せたでしょうか。
「ボクはぽっちゃりした子が好きだけどな」なんて男性の言葉を間違っても信じちゃいけませんよ。
20代後半からおそらく女性にとっては黄金期と呼ばれる時期を10年ほど何事もなく過ごした私が、痩せてからの近所のコンビニでもナンパされるようになりました。職場でも年下の男の子たちがホワイトデーにドンペリを送ってくれました。

そうこうするうちに、今の主人と出会ったのです。(次回に続く・・・)